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ゆのさんのボーイズ・ラブの館

ゆのさんのボーイズ・ラブの館

9・・・朋樹


陽の光を浴び
キラキラひかる汗をほとばしらせ
弓なりにしなった体から放たれる白球は
真っ直ぐミリの狂いもなくキャッチャーミットをめがける

その行き先だけを見つめる無心な瞳の少年
かつて自分も彼と同じような思いでいたことがあったかもしれない・・・

いつか・・・また戻れるかな・・・?




朋樹が日樹の異変に気がついたのは五月中旬が過ぎたころだった
走ることを止められていても、体が鈍らないように軽い筋トレぐらい始めてもおかしくないのだ、
ところがそれに取り掛かる様子がまったくない
連休中、今思い返せば
目覚めの悪い日樹を起こすことが何度もあった

朋樹のスケジュールに合わせ、朋樹の忠実で信頼の置ける片腕、秘書の鏡氏が日樹の保護者代わりをするため
週に何度か出入し身の回りの世話を任されていた
諸藤家で何年も社長である父親の仕事の手伝いをしていた青年
その鏡が日樹の部屋で見つけた市販薬の空き箱・・・・

それは必然的に朋樹の耳告げられ
そして、日樹の変化を裏付けることになった

今、目の前のテーブルには薬の空き箱が置かれている

「日樹、これはどういうことかな」
最初は穏やかに問いただす
しかし、ひとたび怒りに触れれば
もうおさまりがつかないことも日樹は承知している

部下にしてみればこの穏やかさほど恐ろしいものはない
目の前にいるものを魅了し、従わせ
支配する力を持つ朋樹
若いながらも父親の会社の重要ポストを任される凄腕

さすがに母親が違ってもどことなく面影が日樹と同じ
異なるのは、その青年が日樹よりも逞しく
野性的な強さを持っている
そんなところだろう

スーツを見事に着こなし
髪をオールバックに纏め上げ
わずかな乱れも無い容姿

しかし日樹にとっては義兄
恐れる必要など無い
「見ての通り睡眠薬 入院中に眠れない夜が続いて・・・先生に頼んでもらってた」

義兄から必ず来るであろうと予想していた質問の答えを淡々と返す

「退院してもまだ、常用していたのか」
「うん」

悪びれた様子もない
最悪なのは医師処方の薬で足らず、市販薬まで購入していたことだ
返事は否定なし、正直に戻ってきた
何かの間違いだと、取り乱してでも日樹の口からそう言ってほしかった

日樹から真相を聞き、朋樹は自分の直感がどこかではずれてくれればと願っていたことを悔やんだ
日樹が心の救いを求めていたことを気づいてやれなかったのだ
気づかなかった自分がどんなに腹立たしいことか
いったいどれだけの夜を不安で過ごさせてしまったのだろうか

『日樹のことは任せてください』
約1年前、そう父に断言してここに住まわすことにした
なのにこの有様だ
どう説明すればいいのだ

「傷が痛むのか」
「ううん、・・・違う」

ならば医師の言う通りストレスが原因なのだろうか、それとも一番聞き入れたくない理由か・・・
「ならば・・・」
「大丈夫、用法はきちんと守ってるから」
朋樹が次に発する言葉を選んでいるうちに
日樹に打ち消される


そんな答えを求めていたのではない
問い正しているのは自分だ
いくら気負っても
日樹の真っ直ぐな瞳にこちらが後ろめたさを感じてしまう
まるで非のない者を攻め立ててるように

「日樹、なぜ黙ってた!」
朋樹の言葉に焦りが表れる

それにここ数日間、人が出入りした気配
秘書の鏡でもない、他の誰か・・・
日樹をここに住まわせて1年になるが
友人など連れてきたことは一度たりともない
だからその微かな空気の違いも、朋樹はことさら敏感に感じとるのだ
切れ長の目がピクリと動く

かといって、その事実を隠そうとしている様子も日樹にはなかった
日樹自身がもともと内に秘めてしまう性格なのだ
こちらが聞き出すまで何があっても自分からは口には出さないであろう
いつからそんな風に変わってしまったのだろう

女ではない
ならば・・男か・・・

ふとよぎる
朋樹の鋭い勘は見事に的中している

部活帰りに数度、高原が立ち寄っていた・・・

日樹と高原の暗黙の了解
あえて約束など交わさなくても互いを感じ取り
そんな日は求めあう
日樹のもとを訪ねると、練習で汗ばんだ体を洗い流すために浴室へ
時に日樹を一緒に引きずり込み
浴室タイルの床で、熱いシャワーの湯にしたたりながら
二人で体を貪りあう

そして日樹の部屋のセミダブルのベッドで・・・
見事なまでの筋肉質体型の高原は日樹を強く抱きしめる
それがお互いの心を癒すはずだと思っていたから・・・

無論、この事実が朋樹の耳に入れば
ただでは済まされないだろう
朋樹とて高原の体格に少しばかり見劣れど
そのスーツの下には鍛えられた体が存在する

義弟に不埒なまねをするやからには容赦はない
こぶしを食らわせ
床にねじ伏せ、二度とふざけたまねができないように
とことん叩きのめすことだろう

朋樹に少しでも疑心があれば
今後は己のまともなスケジュールなど日樹に知らせるわけがない
監視に秘書をつけ、時にはスケジュールを偽り鎌をかけ
鉢合わせになったところで相手をつぶす

主のいない留守中に泥棒猫のようなまねをするような奴を
日樹に近づけるわけにはいかない

朋樹は日樹の両腕を掴み、力任せに日樹を揺さ振った

「日樹!」
朋樹の十本の指がぐいぐいと日樹の腕に食い込む
かつて義兄、朋樹がこんなにも感情的になって日樹を責め立てたことなどなかった
半分以上は自分に対しての激怒
最初は朋樹の変貌に驚いた日樹もかたくなに口を閉ざし続けていたが

「やめて、義兄さん・・・っ痛い」
やがて苦しそうな顔で一度だけ抵抗した
たが、すぐに体の力が抜けていく
我に返り、慌てて腕の力を緩め
朋樹の張り詰めいた緊張感も一気に解けていく

「悪かった・・・」
日樹は首を数度横に振って、すぐまた笑顔で義兄を見つめ返した

「義兄さん、僕のことなら心配要らないから」
着衣の乱れを直し、平常心に戻り

日樹の精神が正常ならばこのまま信じて見守れば良い、しかしそうでなければ・・・危険なのだ
これではまた逆戻りだ
過去を断ち切り、ここまで順調にきていたのに
この一年間、手回ししてきたことはうわべだけの修正しかできなかったのか・・・

目を離せない
リセットした人生をここからやり直させようとしていたのに
日樹の運命は大きく変わっていくのか・・・




日樹はリビングを飛び出した
身内の話し合いのため、座をはずしていた秘書の鏡が扉の外にいた

「義兄さんとの話は終わりました」
すれ違いざまに日樹が呟いた
別段、義理兄に告げ口した鏡を恨むでもない、いつもの落ち着いた物言いで
日樹は隣の自分の部屋に入って行ってしまった

鏡はリビングに足を入れた

日樹との話し合いも埒が明かず
仕事中にも滅多に見せない朋樹の落胆振りを垣間見た

「すみません・・・私が余計なことをお伝えしたばかりに」
朋樹の傍らにたたずむ鏡が言葉を投げかける

鏡 静那、今は朋樹専属の秘書
以前は朋樹の父、大手建設機械製造会社社長に仕えていた
スラッと細身の、どちらかといえば日樹のような中性的な顔立ち
銀フレームの眼鏡がインテリ風の冷酷さを感じさせる

「気にするな」

信望も厚く、
唯一、朋樹がご意見番としてこの鏡からの言葉には耳も傾ける

「日樹さんは少し痩せられましたね」
「・・・そうだったか?」
「ええ・・・」

鏡は複雑な面持ちで頷いた
朋樹は気づかなかったのであろう
日樹のわずかな変化

義兄でさえ気づかぬ小さなことを鏡は見落とさない
仕事上でも鏡のこの才は朋樹にとっては不可欠


「鏡・・・」
「はい?」
「一年前の冬・・・そう日樹をここに住まわせることになったあの日覚えているか」
「・・・ええ・・」

毎年、クリスマス近くになると欠かさず家族で過ごす日を設ける諸藤家
どんなに仕事が詰まっていてもスケジュールを調整し、その日だけは
諸藤の家族全員と、鏡は一緒に食事の団欒をとる
親もなく一人身の鏡にとっては、この諸藤家の暖かい家庭が
心のよりどころだった
朋樹の一つ後輩の鏡は高校時代からずっとこの諸藤家と付き合いがある
だから朋樹が母親の違う日樹をどれだけ可愛がって大切にしてきたかも
承知している

クリスマス当日が平日に当たれば、必然的に繰り上げた休日の前夜がその日と決まっていた
一年前のその日・・・忘れもしない
翌日が土曜日で、明日に恒例の食事会を控えていた日
すでに一人暮らしをしている朋樹が一日早く実家へ戻った
ところが朋樹はただならぬ様子で急遽、日樹を自分のマンションに連れ帰った
その道中、車を運転したのが鏡だった

常に冷静沈着なエリートが取り乱していた
恐らく長い付き合いの鏡でさえ、そんな朋樹の姿を滅多にみることもなかっただろう
その車中、日樹を抱きかかえ
じっと後部座席からルームミラーを睨みつけていた朋樹

「・・・あの日・・」
朋樹の切れ長の目はどこを見るでもなく伏せられ
一度言葉を詰まらせる

「日樹は・・・誰かに犯やれた・・・」
「・・レイ・・プ・・・」

一瞬、鏡の体に寒気が走る
その言葉に過剰反応してしまう自分がいた

「・・いや・・正確には日樹が同意していたのだろう・・・」

「まさか・・・」

そうだあの日、このマンションに二人を連れ帰った
事の次第は薄々気がついていた
尋常ならぬことが起きたのだ

だが軽々しく口にすることは出来ない
何より、朋樹の鬼気迫った表情が

このことは口外するな

そう物語っていたから・・・
いつの間にか記憶の外へ意識的に追いやっていた

「学校側の調べにも該当者の名前はあがってこない
日樹の口からも相手の名前が聞きだせない・・・いやむしろかばってか相手の名を隠して・・」

だから真相は明かされていない
たとえ泣き寝入りになっても
それ以上の追求は日樹が拒んだから

朋樹は組んだ両指のなかに額をうずめた
何よりも義弟思いと知っていればこそ
鏡には朋樹の心痛を推察せずにはいられなかった

以前は凛とし、明るく自信に満ちた表情をしていた日樹
それが、忘れもしない
日樹はあの日から変わってしまったのだ

どこかに自分の心を忘れてきてしまった日樹・・・

先に自宅に戻っていた朋樹が学校から帰った日樹を迎えた
そのとき何か嫌な予感がしたのだ
いつもと違う・・・


いつもなら久しぶりに実家に戻った朋樹を何よりも喜んで
片時もはなれずにまとわりついては
前回会ってから再会までにあった出来事を朋樹に喋る隙さえ与えずに話して聞かせた

『学校は楽しいか?』
『うん!』

その質問にも即答だった
有名な私立名門校に自ら志望し、難関を見事に合格
優秀だった朋樹を目標にして、誰に教えられるでもなく
その背中を見て追って育った日樹
15歳も年がはなれた朋樹は日樹にとって
仕事で忙しく飛び回る父親の代わりでもあった

都内の高級住宅街に諸藤家はあった
広い敷地内に手入れの行き届いた見事な庭園ばりの庭を目の前に
はなれと母屋が並んでいる
はなれの純和風日本家屋には、もう引退した先代社長夫妻がのんびりと余生を送っていて
現社長夫妻、といっても日樹の母は朋樹の母が他界してから後妻に入った女性

朋樹が一人暮らしを始めるまで
家族4人がこちらの洋風建物に暮らしていた

玄関ですでに朋樹の帰宅は承知していたはずの日樹
なのにその日は朋樹に顔も逢わせず
二階の自分の部屋に逃げ込む様に入ってしまった

胸騒ぎがする・・・

階段を昇る日樹の足音が遠のき
部屋へ入りドアを閉める音がしたかしないかのうち
朋樹は日樹の部屋に追い向っていた

扉の前でノックをしようとするが躊躇してしまった
閉じられた日樹の部屋の扉は厚く重々しく感じた
この扉の向こうにいる日樹
その姿を見ることがなぜかとてつもなく恐ろしかった

「日樹、入るぞ」

夕方、冬の日暮れは早い
薄暗い部屋の中
その姿をすぐには見つけられず
暗がりに慣れない目で日樹を捜した



「日樹・・・?」
朋樹は部屋の中を見回す
やがて部屋の片隅に
膝を丸め込み、小さく己の存在を消すような日樹を見つける

すぐ様部屋の灯りをつけ
一歩、二歩、・・・日樹に歩み寄る
朋樹の気配を感じないのだろうか
日樹はピクリとも動かない

「日樹?」
朋樹は日樹の目の前で方膝を床に落とし身をかがめる
目の当たりの現実

制服の上着、上から二つのボタンがはじけ飛びなくなっている、三つ目は取れかけ
やっと糸につながり下がっている状態だった

「どうした・・日樹・・・」
壁に寄りかかり今にも床に倒れ吸い込まれていきそうな日樹は
朋樹の呼びかけにも応じない

取っ組み合いの喧嘩でもしたのだろうか
まさか日樹が・・・
そんなことはありえない
争いや暴力的なことは好まない日樹
一方的にけしかけられたなら別だ

では怪我をしているのでは・・・

「日樹・・・」
もう一度名を呼んで
その手に触れる

冷え切った日樹の手の平に朋樹の温かい指が触れ
初めて義兄の存在を認識したようだった

「・・・義・・兄さん・・?」

その顔見るや、安心したのか
小さな笑みを浮かべる

「喧嘩でもしたのか?」
「・・・・・・・」

低音で優しく問いかける朋樹に
何か声を発そうとしていたが
それは言葉にはならなかった

わずかに力なく首を横に振っただけ

「・・・まさか・・日樹」

即座に日樹の制服の上着を剥ぎ取る
朋樹にされるがまま日樹には抵抗する力さえ残っていない

そして現れた姿・・・
それは上着よりもっとひどい状態だった
引き千切られたワイシャツの生地
ほとんど残っていないボタンは掛け違え留めてあった
それが何を意味するのか
朋樹は直ぐに察した

恐らく、さらにその下
日樹の肌も同じような状態だろう
もしくはもっとひどく・・・






信じがたい事実だった・・・

とっさに朋樹の脳裏をよぎったのは
“誰にも知られてはならない”

日樹の身になれば、それがどんな恐怖であり仕打ちであったか

「なぜだ・・・」

大事な義弟を傷ものにされたやりきれない悔しさ

恵まれた家庭で両親に慈しまれ
俗世間とは無縁、無垢に育ってきた日樹が・・・
いや、だからこそ格好の餌食になってしまったのかもしれない

朋樹の判断は、このまま日樹を自分のマンションに連れ帰る
そして状況を踏まえた上で両親に説明する
場合によっては偽ることもいたしかたない

冷静に策を練る時間がほしい
痛手を浅くするため

先妻の子の自分、そして実の子の日樹を分け隔てなく
愛情を注ぎ育ててくれたあの継母に事実を伝え
嘆き悲しませることはしたくない


降りしきる雪、車の様子を見に外へ出ていた鏡の前に
朋樹と日樹が現れた

「鏡っ! 悪いがすぐにマンションへ戻る」

恐らく鏡はその時の日樹の不自然な足取りを見逃さなかっただろう

運転席に乗り込んだ鏡はルームミラーで後部座席を目視する
日樹を大事に抱き守る朋樹の姿を確認するとエンジンをかけた
そして車は諸藤家を後にし、都内を出て湾岸線に向う

一時間ほど車を走らせる
その間、車中は重々しい空気で蔓延していた
自宅マンションに到着するやいなや
朋樹はスーツの上着を脱ぐと抜くネクタイをはずし、日樹を抱きかかえそのままバスルームに飛び込んだ

シャワーをひねり熱い湯を流しながら、日樹の乱れた服を即座に取りのぞいていく
体中に残る生々しい痕
それがただならぬ暴行でないとすぐわかる
時間が経ち、湯にあたり
その痕は色濃さを増していく
そして日樹から漂う見知らぬ男の香り

「日樹・・・誰に」

己が濡れるのもかまわず日樹の体を洗い流し始める

「我慢しろ」

朋樹は日樹を浴室の壁に手をついて向けさせ、足の付け根を大きく開いて指を挿し入れた

「・・・ひっ・・・」

ほとんど生気の無い人形のようにされるがままになっていた日樹が
この時ばかりは体を強張らせる
その刺激と湯の勢いで傷が開いたのか
太腿を伝わり一筋の赤い鮮血が床に流れ落ち滲んだ

男の痕が一つとして残らないように丁寧に何度も繰り返し流す
頭の先から流されるシャワーの湯とともに日樹の涙が一緒になって流れたように見えた
錯覚だったろうか

「・・義兄さん・・」
流れてゆく湯とともに日樹は
朋樹の腕の中に崩れていった

「日樹!!」
朋樹はしっかりと抱きとめた


*******************

リビングのソファで鏡氏は次の指示を待っていた
それが常時、朋樹に仕える忠実な秘書としての役目

都内の諸藤家から朋樹と日樹を連れ帰ってからずっとだ
日樹と同じシルバーフレームの眼鏡
だが日樹とは違い、冷徹さを思わせるその容姿
朋樹から全幅の信頼を寄せられている秘書
鏡は朋樹の学生時代の後輩でもある

マンションに戻るなりすぐ、朋樹は日樹を抱きかかえバスルームに駆け入った
体を清めるため・・・

朋樹はここへ着くまでの間、口を堅く結んだままだった

車中、ルームミラー越しに見た朋樹は
日樹を自分の胸に抱き寄せ、怒りに満ちた瞳を真正面に向けていた
だから今、朋樹がバスルームでどんなに悲痛な思いでいるか
考えられずにはいられなかった

ずっと大切に愛しんできた義弟・・・
その日樹がいることで父、継母が
誰に遠慮することなく理想の家庭を築き続けることができる
たとえ自分一人が蚊帳の外から見守るだけであっても満足だった

朋樹は五年前、自ら実家を出たのだ
自分を抜けば気兼ねなく血のつながりのある親子三人が暮らせる
自分が先妻の子だという引け目も孤立感もはない
それどころか継母には自分の子の日樹以上
あらゆることに尽くしてもらったような気がする
まして自分も独り立ちするに十分な年齢になっていた

そんな折、朋樹が選んだ地が東京を離れた隣県の自然残る静かなニュータウンだったのだ
勿論定期的に実家には戻っていた
父とも社内で毎日顔を合わす
その距離が最良の家族関係を結んでいたのだ

だがそれは容易く打ち砕かれてしまった

バスルームから朋樹の呼び声がし
向うと、気を失った日樹を抱える朋樹がいた

「悪いが、寝室まで運ぶのを手伝ってくれ!」

全身ずぶ濡れになった朋樹
日樹を抱えるだけでもう手はふさがっていた

隙なくオールバックに整えた髪も乱れ垂れ下がり
いつもの鋭利さがうかがえない
どことなく日樹に似た面影がすこしだけ年齢を若く見せる

鏡はタオルで日樹の体を覆いサポートする
時にはプライベートで秘書を使ってしまうこともある
それでも変わらず鏡は忠義を尽くしてくれる
そんな鏡に対しては朋樹の口からも滑らかに感謝の言葉が出る

「すまないな」
「いいえ・・・」

そして
許さない・・・

一瞬そう聞こえた
聞き間違えか・・
鏡は朋樹の顔を見直す

朋樹の容赦ない眼光は獣のように鋭く虚空を睨みつけていたことを
鏡は忘れていない



「あれから一年半だな・・・」

朋樹は鏡を前に呟いた

そう、その日から日樹は今までと全く異なる生活を始めることになったのだ
名門私立学校に通う、家柄も申し分のない15才の少年が季節外れの転校を強いる
学校に向けた理由は家庭の事情
そして両親には
偽りの理由で・・・

それゆえ、朋樹は日樹の心を乱す起因を黙認するわけにはいかなかった




















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